残念な高校時代のお金のエピソード

お金のことに対する高校のときのエピソードがあります。入学当初、私が持っていた財布はキャラクターもので1000円ぐらいで手に入れたものでした。中学生までお小遣いなしで、欲しいものがあったら親が買ってくれました。お財布の出番は、友達と遊ぶ時にジュースやお菓子を買うときぐらいで、1ヶ月に1回あるかないかの頻度でした。あまり使わないので安っぽいものを使っていました。それが高校に入ると、まわりの女子たちがルイ・ヴィトンとかグッチという高級な財布を持っていて、私は自分の財布が恥ずかしくなりました。親に伝えると毎月お小遣いをあげるから、その範囲で好きなものを買いなさいと言われました。お小遣いがなかった私が、いきなり毎月5000円のお小遣いになってどうやりくりしていいのかわからなくなりました。お小遣い1回目から、後で返すからと親に借金をして7000円ぐらいする財布を買いました。グッチとかに比べたら高級ブランドではないけど、いいものを買えて満足しました。高校の3年間ずっと使うつもりでいたんだけど、1ヶ月後に思わぬトラブルが起こりました。それは夏休みに行われた補習授業を受けに来たときでした。受ける直前に先生が「場所とるからかばんをすべて廊下に出してね」と言い、先生からは早くしてほしいオーラが出ていました。急いだおかげで大事な財布をかばんから出していないことに気付きました。授業中に気付いて気持ちがそわそわ。授業が終わったところで財布の存在を確認すると、入れたはずの場所に入っていません。かばん全体を確認したけど、ないのです。盗まれた!間違いありません。先生に伝えても自己責任を押し付けられるだけで、何もやってもらえませんでした。3年間一緒だと思っていた財布とたった1ヶ月しか一緒にいられませんでした。しかも、その財布はわざわざ親に借金して買った財布です。親もその間、やりくりが大変だったはずです。申し訳なさと寂しさと盗まれた悲しさで涙が出ました。1日泣いて、私にふさわしい財布ではなかったんだと解釈。そんなことがあってから、お小遣い制も親に言って停止してもらいました。お金のやりくりとかお財布の管理って難しいよね。そんなことを思いました。→じぶん銀行カードローンの金利

ボーナスのありがたみ

私が初めてボーナスを受け取ったのは今の会社に正社員として入社して三か月が経ったときでした。学生時代にはアルバイトをしていましたが、もらえる給料は当然働いた時間×時給のみでした。しかし正社員として勤務するようになってから毎年夏と冬の二回支給されるボーナスにとてもありがたみを感じるようになりました。普通は毎月の基本給と残業代が給料として振り込まれますが、これらは働いた時間の分だけ貰える労働の対価です。しかしそれと比べてボーナスは、言ってしまえば何もせずともお金が手に入ってくるようなものなのです。一番最初に貰ったボーナスは手取りでたった数万円と少ない金額でしたが、初めて受け取った時の喜びは大きなものでした。そして今では、その何倍もの金額をボーナスとして半年に一度受け取っている訳です。働いた分のお給料とは別でもらえる訳ですから、まるで宝くじが当たったような感覚でもある訳です。毎月の給料明細を見るとなんだか少ないなぁと感じることもありますが、源泉徴収票にて一年間の収入を確認すると、同世代の平均年収よりも多い収入になっていて驚くこともあります。それを考えると、夏と冬にボーナスを受け取るたびに、ボーナスのありがたみを実感します。→専業主婦お金借りたい

ボーナスのありがたさを実感

私は新卒で銀行に入行し、初めてボーナスというものを頂きました。こんな大金を一度に貰うことは初めてで、とても嬉しかったです。
その当時、ルイヴィトンが流行っていて、先輩達はみんな持っていたので、後輩の私達は憧れていました。そして、初めてのボーナスでご褒美に、ルイヴィトンのボストンバッグを買いました。勿論、母親にも現金を渡しました。父親は亡くなって居ないのですが、やはり銀行員だったので、ボーナスのありがたさは十分知っていました。
年に2回支給されるボーナスは次第に溜まっていき、同期の友人達は海外に旅行に行くようになりました。ハワイやオーストラリア、エジプト等、様々な所へ行きお土産話を聞きました。私は飛行機が嫌いなので、海外には行けません。
一週間の長期休暇が年に一度もらえますが、そんな時は気の合った友人と冬に休みを取り、スキーへ行ったりしました。それなのでボーナスはあまり使わず、どんどんと溜まっていきました。
私の家は余り裕福では無かったので、結婚する時に、結婚式代や披露宴代、家具、電化製品等、沢山お金が掛かりました。
結納金や結婚準備金は、夫の住む地方では交わす風習がないと言うので貰えず、嫁入り道具は妻になる人が準備するというしきたりだそうで、私が用意したのです。
ボーナスや給料をコツコツ貯めていたので、何の心配もなく、結婚支度金も十分持って結婚することが出来ました。
今の仕事はパートなので、ボーナスは貰えません。
お金のありがたさを思い出し、あの頃は良かったなぁと感じています。

ボーナスは無いけれど…

公務員のボーナスが支給されたとのニュースが流れる度に心がムッとします。そして何故かため息が出るのです。けれど、すぐにイカンイカンとその思いを断ち切ります。お金が入ってこないと嘆くと本当にそうなると聞いた事があるからです。ため息も駄目でした。ため息つく度に幸せも逃げて行くのです。
とは言え、世の中の皆がボーナスで浮かれている頃、決まって我が家はピーピーなのです。6月は臨時出費がかさみ、12月はもう言うまでも有りません。息子も独立して夫と二人きり、それなのに俗なイベントについ乗っかってしまうからです。
夫はフリーランスですので、ボーナスというものを人生一度も経験した事が有りません。私は会社勤めをしておりましたので、それなりのボーナスも頂いていました。それは嬉しかったものです。殆どは借金の返済に回ろうとも、その日は奮発して親子三人でお鮨を囲みました。退職した今となっては懐かしい思い出です。
何時からか、夫の気持ちを考え我が家ではボーナスという言葉は禁句にしていました。私が勝手にそうしていたのです。しかし、当の夫には何の拘りも無かったようなのです。例のニュースが流れた日の夜、「知ってる?ボーナス出たんだってサ」と私に言って来ました。「いいよな羨ましいよ、少しくれねえかなァ」と言ったのです。
その時初めて気付きました。人の暮らしを羨んでいたのは私の方だと。手に入らぬと嘆くより既に手にある物を愛しんだ方が人生は豊かなのです。屈託のない夫に教えられた出来事でした。

ボーナスは無いものと考える

我が家は私が専業主婦なので、ボーナスは働いている主人の、夏と冬の二回です。
でも、ボーナスはあるのは本当にありがたいけれど、私にはあんまり関係ない感じです。
私が渡されるのは毎月の食費と日用品費だけで、他の管理は主人です。
ボーナスのあった月でも別にお小遣いがもらえるわけではないんです。
ボーナス入ったから、ご馳走とか、旅行とか、服を買うとか全くないんです。
それは主人も同じで、別にボーナスを使う事はなく、住んでいるマンションのローン返済用の口座に入金して終わりです。
貰えるのはすごく有難いけれど、ボーナス入った!嬉しい!という実感はない我が家なのです。
私の実家では、父がボーナス貰って帰ると毎月のお小遣いとは別に、ボーナス入ったからとお小遣いをくれたので嬉しかった記憶があります。
ボーナスは、今や貰えない会社も結構あると聞くので、必ず貰えている主人には感謝ですが、ほんの少しは実感が欲しいです。
まあ、もしもボーナスが貰えない時が来ても、私としては今までと変わらないと感じるのでガッカリもしないかもしれないです。
主人の会社では、ボーナスは出ないもの、と思ってた方が幸せなのかもしれません。
たまには、ささやかにでもボーナス入ったからといつもと違う事してみたいですけれど、専業主婦としては我慢です。

他人のボーナスについて

私は、社員1000人の給料や賞与の額が分かる部署に属しています。この仕事を始めた当初は、”あの人これぐらいしか貰っていないんだ” とか “あいつがこんなに貰っているの?” と興味本位で見ていた時もありましたが、次第にそのような気持ちは消えていきました。他部署の人間から “あの人はどれくらい貰っているの?” とか、”社長はどれくらい貰っているの?” と詮索されるのをかわしたり、間違わないように神経も使わないといけませんので、正直、あまり好きな仕事ではありません。そんな仕事ですから、社員の賞与の額も知る事ができます。金額を見てみると様々で、勤続年数や年齢による違いもあれば、職種による違いもあります。また、社員としての身分(役員・総合職・一般職・契約社員)によっても金額が違ってきます。そこに成績によっても差が出ますので、所属長より部下のほうが多いといった逆転パターンなんかも発生してきます。ちなみにうちの場合は、基本給に既定の月数を掛けたものがベース額になるのですが、その内半分が保証賞与で残り半分が成績によって変動する変動賞与となっているので、ある程度メリハリがつく制度になっています。このように一つの会社を取っても人それぞれですから、日本中に目を向ければ、ボーナスについての受け止め方もバラバラなんだろうなとつくづく思います。

待ち遠しくて仕方がないボーナス

夏と冬の年2回、ボーナスが待ち遠しくなるという人は、全国には大勢いらっしゃるに違いありません。しかし、私ほど待ち遠しい者は多くはないと思います。というのも、私などはもう6年以上もボーナスを待ち続けているのです。
事の発端は今から20年ほど前のことです。20世紀も残りあと数年という時期になって、我が社の業績が徐々に悪化し始めてしまったのです。それに伴って、年2回のボーナスは減少し始めました。それまでは人並みのボーナスをもらっていたのに、それが人並み以下となり、やがては月給の半分程度にまで下がってしまいました。
それでも、もらえていた頃はまだマシでした。それが6年前、遂にゼロとなってしまったのでした。その時の社長の言葉は今でも耳に残っています。「これから業績が回復したら、すぐにボーナスも再開するから待っていて欲しい」私も含めて皆、その言葉を信じて働き続けています。
しかし、業績は以前の水準までには回復しませんし、ボーナスも再開されません。ただ、業績も、ほんの少しは上向いてきています。ですからボーナスも、ほんの少しは出てくれるのではないかと淡い期待は抱いています。しかし、全然出てくれないのです。
次回のボーナスシーズンこそ、何とかして僅かでも出て欲しいものです。果たしてどうなることでしょうか。

話が違う!?ボーナスの悲劇

以前、とある営業系の会社で働いていました。新卒採用で入社をしたのですが、入社して1ヶ月ほどで早くも「退職」の2文字が脳裏をよぎりました。希望に満ち溢れた新入社員の心境をそこまで変えてしまったものは一体何なのでしょうか。
まず、勤務形態と休日が、募集要項に記載されていたものと全く違っていました。勤務は朝の9時から18時までとなっていましたが、実際には7時半には出勤。早い時は6時半に家を出なければならない時もありました。休日も、毎週日曜日が休みで、隔週で土曜日が休みだと記載してあったのに、実際はほぼ日曜日のみが休み。ひどい時にはその唯一の日曜日の休みさえない時がありました。
しかし、それらは悲劇の序章に過ぎません。先輩社員と話をしていて、ボーナスに関する話題に及んだ時、その人は「ボーナスはここ数年出ていない。出たとしても2〜3万円だよ。」と衝撃の事実を突き付けたのです。募集要項には「賞与、年2回」と間違いなく記載されていたので、その事実を声高に唱えました。しかしながら、それは社員を確保するための口約束に過ぎなかったのです。激務のうえに勤務形態もめちゃくちゃなその会社は、「賞与」の文字で、まだ何も知らない大学生だった私を地獄の入り口へと引きずり込みました。
先輩の言葉どおり、その年のボーナスはありませんでした。翌年は3万円でした。9年間その会社に勤めましたが、まともなボーナスは一度ももらえませんでした。今となっては懐かしい、苦い思い出です。

ボーナスの意味をずっと勘違いしていた私

我が家は普通のサラリーマンの父と公務員の母の一般的な家庭だったと思います。ところが、私が子供の頃、お金の事を何か質問すると、「お金の事を子供が話すもんじゃない」と父が異常に声を荒げて怒ったことがありました。父は、高校生の頃に祖父が亡くなり、祖母の女手一つで育てられたこともあって、お金には非常に苦労した経験があり、子供がお金の話をするのが嫌だったようなのです。その怒鳴られた経験から質問するのが怖くなって、親の給料がどのくらいなのかとか物価のこととか、あまり知らずに大きくなりました。世間知らずもいいとこです。母は、そういう私を心配してか、高校三年生の時に、初めて母自身の冬のボーナスの明細を見せてくれました。その額にビックリ。しかも、私は、ボーナスという言葉は知っていましたが、意味がよく分かっておらず、ボーナスと言うのは普段のお給料にプラスアルファでいくらか足した金額がもらえるのだと勘違いしていました。通常のお給料とは別に、数か月分ものお給料の金額が頂けるのがボーナスだと知って、ものすごく驚いた世間知らずの私が懐かしいです。大学卒業後、就職したIT関係の会社で入社後初めて頂いたボーナスは、お金の心配をさせずに育ててくれた両親に少しだけ恩返しをしました。

初めてボーナスをもらって

初めてボーナスをもらったのは12年くらい前になるが,その金額はそんなに大きなものではなかったが,非常にうれしかった。若いころだったのでパチンコやギャンブルに消えていったような気がするが,それでもうれしかった。人間の金銭感覚というものは大人になるにつれてずれていくもので,初めてボーナスをもらった時は1万円はとても大金だったが,今1万円もらってもそんなにうれしいものとは思えない。結婚すると,お小遣制で大した金額ももらえないので,自分の給料があがっても,自分の好きなものを満足に買える状況ではないのでお金に対する執着はどんどんなくなっていくような気がする。でも若いころは自分の収入をまるっきり使え,お金が直接自分の快楽のために使えるのでそういう意味でお金というものにも執着するものだと思う。
初めてもらったボーナスは若いときなので,なんに使うかそれを考えるだけでも楽しみだし,パーっと一気に使うのが普通だと思うが,ほかにも親へプレゼントするなど,いろいろ楽しみがある。
自分も初めてボーナスをもらった時の初心の気持ちに戻りたいが,今となってはいろいろ考えなきゃダメなこともあるし,束縛もあるので難しいが,初めてボーナスをもらった時の気持ちを忘れずに生きていきたい。